21世紀の職人考 現代の技術伝承について

 多くの製造業で技術伝承の問題が深刻になってきています。

 少子高齢化により、若手の人口はピーク時の半分まで減少し、技術の受け皿の減少が加速していくことは明白です。そのため、もし技術を人に伝える形で残そうとすると、受け止める側が少ないだけでなく、受け止める側としては多くの技術を受け止めることも求められてしまいますから、そのまま技術を伝承されても若手としては困ってしまうでしょう。

 受け止める若い人材の側から見て、昨今の製造業自体の魅力が乏しく見えていることも気にする必要があります。高度成長期は皆が希望を持てた時代でした。多くの失敗をしながらも、自分の創意工夫で未来が開けていた時代でもありました。しかし、昨今の製造業に対するコストや品質に対する要求レベルは非常に高く、学ぶことで精一杯で、失敗しながら創意工夫をすることはなかなか難しい世界となっています。また受け継いだ技術自体は、技術の急速な進歩で上書きされてしまう可能性が高く、若者の将来を長く保証するものではないため不安を感じることも当然といえます。

技術を伝承する方法にも問題が多くあります。先輩が技術を身につけた時代は失敗に対して寛容でしたが、今の経済的状況では失敗しながら学ぶことはなかなか難しいですし、今の若者は極端に失敗を嫌う傾向も強いようです。そもそも、先輩は体系的にトレーニングを通して若者に教えることはあまり得意ではありません。しかし、若者は効率的かつ体系的に学ぶことを期待しています。

技術を伝承するためには、先輩が若者に技術を伝えるということが基本となっています。しかし、最新の製造業で使用する各種の装置にはデジタル技術が豊富に取り入れられて高度な機能を備えていますが、先輩技能者はデジタル技術に疎い方が少なくなく、技術を伝える現場で先端技術を加味した指導ができていないこともよく見られます。

 

今必要なのは、これまで培ってきた技術を先輩から若者に教え伝えるということではなく、デジタル技術を駆使して新しいプラットフォームに翻訳するような作業を先輩技能者と若者が対話し協力して行うことではないかと考えます。

 具体的には以下のような活動ではないでしょうか。

(1)   最新の加工装置で伝えたい技術の表現方法を探る

伝えたい技術は、最新のデジタル技術を駆使した装置ではどう表現されるのか、どのような組み合わせで可能なのかを検討する方法です。どこの会社でもすぐに始められる方法ですが、大切なのは、教える・教わるという関係ではなく、先輩と若手が対等に協力しあって、伝えたい技術を最新のデジタル技術を駆使した表現に変換していくように行動することです。

(2)   伝えたい技術がどのようなデータで構成されるのかを探る

加工点を知るための各種センサー(IoT)を配置して、得られたデータ(角度、圧力、温度、・・・等)について対話し、伝えたい技術でどの事象がポイントなのか、どの程度(数値)が適切なのか、伝えたい技術を数値化していく作業を行う方法です。

IoTを活用していますから、トレーニングシステムとしても展開が容易ですので、多くの人材を育成する必要がある場合には特に有効ではないでしょうか。

(3)   シミュレーターなど仮想技術を駆使して技術を体験する

加工作業をシミュレーターで再現し、伝えるべき技術について対話を行う方法です。何が本質的に大事な作業であるかを考えることになるため、検討結果はロボットを活用した自動化システムにも応用できます。検討範囲を工場全体に広げることで、特定の技術だけでなく、工場全体で考えて更に最適化を目指すことも可能になります。シミュレーターはすでに設計では使われており、加工場面でも応用できると考えます。

 

 今後も、AIなど更に高度なデジタル技術を取り込んだ加工装置が出てくるでしょうから、このような時代には体で技術を身につけ再現する形での伝承では行き詰まるでしょう。目的を達成するためにはどのような機能を組み合わせればよいかといったメタ思考を体得できれば、新しい装置、新しい要求が来ても、それらをこなすことが可能になります。海外と違い、日本には幸い優秀な手本が多く存在していますので、先輩と若手が協力すれば、利用技術に関するメタ思考を高度化することは容易なはずです。

今は、製造業の基本技術の転換点にある時期だと考えます。デジタル技術を駆使して、仮想空間上で創意工夫と試行錯誤を行いながら技術伝承することは、魅力ある21世紀の製造業であるためには大切なことではないかと考えます。

 

・技術伝承システム(事例紹介)

https://www.youtube.com/watch?v=eSnvRjhgw0M

 

・ダイキンと日立の協創で、匠の技を世界に - 日立

https://www.youtube.com/watch?v=7LpJzdbCpvA

 

・【3Dシミュレーション】工場のDXに欠かせない「プロセスシミュレート」

https://www.youtube.com/watch?v=yvxGDdh_cfQ

 

202311

ケイデンスコンサルティング合同会社 

 

代表社員 川下敬之